生物と無生物のあいだ(福岡伸一著)


生物と無生物(鉱物)の間の存在って?生命の定義って何?を教えてくれる本。

ビジネス書と小説とは違う分野の本を探していると、ちょっと変わったタイトルが目に飛び込んできた。「生物と無生物のあいだ」って、何??。2007年初版の本なのでちょっと古いのですが、生物学も気になる分野なので購入してみた。

この福岡氏は、生物学者で、アメリカのロックフェラー大学で研究をされた方で、存じ上げなかったが、多くの著書やテレビ、CMにも数々出演されている方のようです。幼少は、東京練馬育ちで、小学生のときに、親の都合で、松戸に引っ越し。当時の松戸は、まだ、戦後を引きずった環境が至る所に残り、自然もいっぱいで、そこでの生物と触れ合う体験が、福岡氏の人生を決めたようです。

本のテーマは、「生命とは何か?」で、それを、福岡氏の研究などの知見から定義をしている。20世紀は、「生命とは、自己複製を行うシステム」という答えに到達した。DNAの2重らせんを発表しノーベル賞を受賞したジェームス・ワトソン、フランシス・クリックの発表に至る秘話も触れていて、最先端で居続ける研究者の厳しさと人間関係の大切さ、運を味方に付けなくてはいけないところも感じさせられた。また、その遺伝子DNAの素晴らしい仕組み、ロジックでは簡単に導き出せない神秘も記載されている。非常に興味深い内容です。

ちょっと驚いたのだが、ロックフェラー大学には、野口英世の胸像があるらしいが、そこに所属している人たちは、まったく意識していないらしい。また、彼の評判も結局後世に役立つ結果が残せなかった(技術上、やむを得なかったところもあるが)、ヘビードランカー、プレイボーイだったという悪い評判のようですから、日本人の偉人という視点と、世界の視点では、全く違うものなのだなと妙に感心した次第です。

そうそう、本のタイトルの回答は、「ウィルス」でした。この発見は、1890年代で、陶板を使って、「タバコモザイク病」の原因となる菌をフィルタリングしようとしていたところ、何度実験観察しても特定に至れない。その当時、光学顕微鏡でも確認できないサイズの微生物が存在するとは予想だにしていないわけです。単細胞微生物は、直径1~数マイクロミリメートル。陶板の穴は、その1/5~1/10なので、フィルタリングに適していました。しかし、その陶板をすり抜ける何かがあることの発見があった。実体を見ることができたのは、電子顕微鏡が開発された1930年代になってから、野口英世が亡くなった後です。

『その「ウィルス」は、非常に整った斉一的な幾何学的な美しさをもち、あるものは、正二十面体のような多角立方体、眉上のユニットがらせん状に積み重なった構造体、またあるものは、無人火星探索機のようなメカニカルな構成。同じ種類のウィルスはまったく同じ形をしていて、大小や個性といった偏差がまったくない。それは、ウィルスが、生物でなく限りなく物質に近い存在だったからである。栄養摂取も呼吸もしない、よって老廃物も出さない、一切の代謝を行っていない。結晶化もできる。鉱物に似た物質。ただ、自己複製能力をもっている。この自己複製は単独ではできず、他の細胞に寄生することによってのみできる。細胞内でウィルスが生成され、細胞膜を破り外に飛び出していく。』怖いですね。

福岡氏の定義は、『生命とは動的平衡にある流れ』である。なぜ、そうなのかは、本書を読むと分かると思います。

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