英国総督 最後の家(2017年)


戦後のインド独立とパキスタン建国を実質1か月で実行する裏の大きな犠牲は心が痛む。

英国が300年間統治したインドを支えられなくなり、手を引く際の、インド独立とパキスタン建国の歴史を、政府の視点と、国籍で引き裂かれる男女の恋愛の視点から表現した作品。良かったですよ。

1947年、インド独立を実行するためだけに英国から総督として赴任してきた、ルイス・マウントバッテン総督は、最初は、ある程度敷かれたレールを軽くこなす任務するくらいのモチベーションしかなかった。しかし、妻やマハトマ・ガンディーの話を聞き、パキスタン建国に反対し、何とか今のインドのままで、全員が1つの国として独立し、平和な国にしていくことを決意し、検討を始める。そして、夫婦共々、国民に愛される行動に移る。そのとき妻は、「平和なしには、あらゆる夢が消え、灰と化す」、ガンジーは「共生できないなら共に破滅することになる。隣人愛の灯火を再びともすのです。パキスタン建国の主導者ジンナー・ムハマド・アリーを、統一インドの初代首相に就かせる」と説く。

しかし、現実は、宗教間の紛争が激化し、ヒンドゥー教徒が望む統一インドの独立と、少数派となるムスリムが望むパキスタンの分離独立を認めざるを得なくなる事態までになる。しかし、国境線をどうするのかなど、課題は山積みになる。

マウントバッテン総督は、現状の報告と、パキスタン独立の方針確認を、イギリス議会に持ち込み、承認を得、覚悟を決める。妻も、夫の判断に従う。

そして、たった1か月弱で、インド独立、パキスタン建国に向けて、インド国内のすべての資産を8対2に掛ける作業、国境問題の解決をやり遂げなければならない。お金、書籍などなど。

そして、一番難問の国境問題は、実は、第二次世界大戦後にアメリカ合衆国含めた連合軍で、方針が既に決定されていた事実(ラドクリフ・ライン)をマウントバッテン総督が知り、怒りをあらわにする。つまり、自分は、単なるお飾りだったと。。。それでも彼は、人々が少しでも平和に別れられることに力を注ぐ。「独立後もこの地に残ろう」と妻と約束する。

ついに、1947年8月14日 ジンナー・ムハマド・アリーを建国者とするパキスタンができ、翌日15日 ジャワハルラール・ネルーを初代首相ちするインドが独立を果たす。この急激な動きの犠牲者は、1400万人の移動難民を生み、100万人の命をうしなった。

第2次世界大戦後、アジア、アフリカで次々に独立国家が出来たが、常に、大きな犠牲が伴い、心が痛みます。その犠牲の上で、今の国民が幸せ、平和の享受できているのであれば、その犠牲は無駄ではなかったと思えます。

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